CCB-SI秩父看護専門学校1996年

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首都圏にありながら東京から特急で約1時間半を要する秩父市はその周辺の市町村を併せ、埼玉県のなかでその半分近い面積を占めながらもその殆どは山に囲まれているため、必然的に一種独特な文化圏を形成しています。一方日本三大曳山祭りの一つである秩父夜祭りのある事でも知られ、京都の祇園祭りが公家文化を継承する女性的で優美な情緒を基底にするものである事とは対極的に、秩父夜祭りを表す言葉としては山岳的、男性的という形容詞が自然にあてはまる町です。

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気温がマイナスになる12月の寒空の下でもそれを感じさせない熱気が夜中じゅう街のいたるところに溢れ、その熱気がクライマックスである重さ20tの山車を曳く際に奏でられる秩父屋台囃子の響きと併せ寒空に染みわたっていく様はその時その場所に居なければ感覚的にも決して理解でき得るものではなく、またその事がこの地域の人たちの誇りであり、年に一回の夜祭りを称え同時にその独自の文化を継承していく様はこの地域の持つ一種独特な地の霊とも言えます。

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この地域には古くは縄文文化に代表される骨太の力強い荒々しさ、近世ではこの夜祭りに表されるこの街の独特な気質が、根底に流れています。この建物は看護専門学校であり、秩父市をはじめとする周辺の郡部を含むこの一帯の地域医療サービスを高めていくため、医師会を中心とした医療機関はもとより、高齢者を数多く有するこの地域の安心度を高めていくための第一歩として切実に求められていた機能でした。一方この建物は本来ある地域の学校としての機能と併せ、その独特な文化圏のなかで地域医療のあり方そのものを表現する存在である事が求められました。全国的にある近未来の少子高齢化社会の問題点がすでに一足先に訪れているこの地域は将来に対する漠然とした不安を拭い去る事は出来ず、さらにはその中で医療そのものが社会的に問われている昨今、地域医療のサービスを高めその姿勢を優しく表していくという課題はその当事者でないとなかなか想像出来ない難しい課題です。当然ながらその課題に於いて建物そのものは最終的な目的でなく、一つの手段にすぎないわけです。

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一方で、建築の構成が目的である私達の事務所はここでこの建物をそのような目的に近づけるための"媒体"の一つとしてとらえ、その"媒体"を構成していく事を目標にしました。目標となる姿はその建物の性格上、また前述した諸問題を解決していく上でも女性的な優しさ、心地よい清潔感は必須であり、秩父のこの街の持つ荒々しさ、男性的な力強さとは正反対に位置するプログラムでした。その独特なコンテクストに於ける対極的なプログラムを構成するにあたって、私達は恣意的な痕跡をなるべく排し、必然的にあるべき物を自然に存在させ、商業主義的な仕上げ色彩を排除し、そこに残る清潔感、心地よさを表現していく半消去法的構成に徹底しました。"媒体"としての建築には構成による本来の建築の組立の思想が求められている、と考えました。

時間の経過とともに陳腐化していくうわべの表層を一切排除し、自然な構成と明快な構造のシステムを前面に打ち出していく方法をとりながら、建物は必然的に自然な構造の表現、工業生産による繊細な部品の単純な組み合わせを求め、そしてその結果として得られる透明な清潔感、自然な存在感が、この地の新しい"媒体"として荒々しい男性的な文化を有する環境の中に女性的な繊細で心地よい機能に終結していく様を試みました。

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建物西面から見た様子です。この建物は地上4階、地下1階の構成で各フロアの床板は梁と一体化されたスラブを中心部から持ち出す形で構成されます。持ち出し部分は先端までが6mあり、全てポストテンション・プレストレストコンクリートで緊張されています。この面及び道路側の面にはそのため一切の柱はなく、柱の代わりにタイロッドにより上部から吊り込まれています。

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道路面ファサードの様子。同様にこの面にも柱はありません。外壁面がすべて「持ち出し」による構成のためこの様な完全な夢柱空間としての面を顕します。

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4回のホールの上部の機械置き場は目隠しスクリーンで覆われます。写真はその目隠しルーバーを裂く様ににして切り込まれる点検用外部階段の様子。合わせてそこから各フロアーをつり込むタイロッドが下がっていく様子。
タイロッドは上から順に3本,2本、1本と階を少なくするに連れて本数も減ります。建物の荷重を各フロアで分散させてささえる際にその応力の按分がビジュアルに表現されています。

左:上:タイロッドの詳細。3階の屋根の先端部が地上からはこの様に知覚できます。ここを折れ点として以降垂直におります。3本のタイロッドから始まる様子。それが2階天井のスラブのラインで2本に切り替わります。

右:下:3本が2本に。2本が1本になるところのディテール。建物全体の荷重の按分が明快にタイロッドの本数に転嫁されます。